千葉地方裁判所一宮支部 平成6年(ワ)161号 判決 1998年2月06日
原告
片岡晃幸
右訴訟代理人弁護士
滝沢信
右訴訟復代理人弁護士
藤井一
被告
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
有吉孝一
右訴訟代理人弁護士
向井弘次
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金一〇〇〇万円を及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 原告の主張
1 被告は、自動車損害賠償保険業務等を目的とする株式会社である(争いない)。
2 原告と被告は、平成五年八月二六日、原告を保険契約者として、左記内容の自動車損害保険契約を締結した(以下、本件保険契約という。)(争いない)。
記
(1) 保険の種類 自家用自動車総合保険(SAP)
(2) 証券番号 一五六七〇五〇二〇〇
(3) 保険期間 平成五年八月二六日から平成六年八月二六日までの一年間
(4) 被保険者自動車 ポルシェ(WPOZZZ九六―ZLS四五二〇二六六二)
袖ヶ浦三三す五八五二 (以下、本件車両という)
(5) 車両保険 車両価格協定特約一〇〇〇万円
右特約は、契約締結時において被保険自動車の価格をあらかじめ特定し、保険契約期間に当該車両が全損となった場合には、その多寡にかかわらず、当該特約価額をもって支払保険金額とする、との特約である。
3 原告は、本件車両を自己が経営する千葉県長生郡白子町北高根三七六五有限会社丸岡興業事務所の地下駐車場(以下、本件駐車場という。)に保管中のところ、平成五年一〇月八日夜半から翌朝にかけての集中豪雨によって、右駐車場に道路から大量の雨水が流入したため、本件車両に浸水してエンジン室や電気系統に修理不能の毀損状態となった。
原告が訴外ケースリーワークス有限会社(以下、ケースリーという)に本件車両を修理に出したところ、その修理等の見積りが総計金一三八六万円余になった。したがって、本件車両は全損となった(以下本件保険事故という)。
二 被告の主張
1 本件保険契約には、次の免責約款がある。
① 衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、洪水、高潮その他偶然な事故による場合に該当しないとき。
(自家用自動車総合保険契約約款第五章第一条)
② 事故発生の日時、場所、及び事故の概要を直ちに被告に通知する義務に違反したとき。(同第六章第一四条)
2 原告が本件保険契約を締結したのは、平成五年八月二六日であるが、原告の主張する本件車両の損傷が右保険契約の始期以後に発生していたかどうかは重大な疑問がある。
又、原告が被告に本件保険事故の報告をしたのは平成六年三月三日であるから本件事故の発生から五ヵ月近く過ぎてからであり、この点で明らかに前記約款②に違反している。
したがって、被告には保険金の支払義務がない。
三 (争点)
本件保険事故には約款による免責事由が存するか否か。
第三 判断
一 次の事実が認められる(甲二の一、二、甲三、四、乙一ないし三、一一ないし一六、証人石井則男、同佐々木堅、原告)(甲三は原告により、甲四は証人石井則男により成立の真正が認められる)。
(1) 原告は、本件車両を平成二年ころ購入したが、他にも数台の自動車があるため、本件車両にはそれ程は乗らなかった。
原告は、平成五年一二月か翌年一月ころ、本件車両の調子が悪く、車検が切れていることに気付き、訴外石井オート商会(以下、石井オートという)に本件車両の点検と車検手続き一式を依頼した。その際、原告は石井オートに「本件車両は時々エンジンがかからない」と伝えた。石井オートは、平成六年一月か二月ころ、本件車両を原告方から引き取りその仕事に取りかかったところ、本件車両は電気が通じず、コンピューターが作動せず、エンジンがかからなかった。
(2) そこで、石井オートは電気系統の故障と考え、平成六年三月ころ、電気関係の専門業者である訴外株式会社高畠(以下、高畠という。)に本件車両を持ち込んでみてもらったところ、車体下部に取り付けられているコンピューター基盤のエンジンコントロールユニットとミッションコントロールユニットの二つが腐食して機能していなかった。高畠はそれらを交換して一応修理したが、なお本件車両の完全修理ではないと判断した。そこで、石井オートは同年四月ころ、ポルシェの専門業者であるケースリーに本件車両を持ち込んだ。その際、石井オートはケースリーに本件車両は「水没」したものといって引き継いでいる。
(3) ケースリーは本件車両全体を精査した結果、本件車両はエンジンを含むほとんどすべての部品を交換しなければ正常の状態に回復しないものと判断し、平成六年七月ころ、修理見積書を作成した。それによると、本件車両の修理見積金額は金一三八六万一九〇四円に達する。これは、本件車両の評価額をはるかに上回るものであるから、全損といえる。
(4) 一方、原告は石井オートから本件車両は水没したものときき、その可能性のある日を特定すべく、銚子気象台に平成五年九、一〇月ころで強い雨の日は何時かと問い合わせたところ、同年一〇月八日に、茂原地区に豪雨があったとの回答があった。そこで、原告はその日に本件車両を駐車していた本件駐車場に雨水が入り、本件車両が浸水したものと推測した。
二1 右によって勘案するに、原告は本件車両が水没するような状態になった原因としては、平成五年一〇月八日の降雨しか有りえないからそれが原因であり、ひいては本件保険事故の日であると結論付けたものである。しかし、右は石井オートが前記コンピューター基盤の腐食は水没ではないかといわれたための推測である。原告は右日時の本件駐車場の浸水は同人のひざ下くらいだったというからそれによれば、右コンピューターの基盤への浸水は有りえてもエンジンルームまで浸水したことまでは推測できず、まして本件車両のエンジンを含めた全面的損傷にいたったことは大きな疑問である。当然ながら右降雨以外の何らかの別の重大な障害が存したものと推測されるが、その日時、原因は明らかではない。したがって、疑問は残るが、本件車両の損傷が本件保険契約の始期以前に起因しているとの証明は充分ではないといわざるをえない。
2 しかし、右推測から本件車両の全面的損傷の原因は、特定できないとはいえ、前記降雨を含むその時までに発生した何らかの要因によるものとは少なくとも推認してよいものと思われる。なぜなら、原告は右降雨以外に最近数か月の間に車両に重大な影響を及ぼすような出来事を記憶していないことからもいえる。
原告は本件保険事故日を前記降雨の日として、これを被告に平成六年三月三日に届け出ている。これによれば、前記降雨の日からも約五ヵ月も経過していることになる。本件車両の全面的損傷は、おそらくそれ以前の何らかの原因によるものと推測される以上、被告への保険事故としての通知は著しく遅滞しているといえる。遅くても、右降雨のときに、遅滞なく車両を点検していれば、容易に損傷の発見ができたものとも推測され、そうすればこのように全損に至るまでの損害を受けることもなかったと思われる。少なくとも原告が右点検を怠って車両の損傷を見過ごし、ひいては被告への通知を遅滞したことについては重大な過失が存するといえる。
したがって、原告はより早期に通知することができたはずであり、それにもかかわらず本件保険事故の最終段階とも推測される出来事の日時から約五ヵ月も経過してから被告に通知したことは、明らかに通知の遅滞といわざるを得ない。したがって、原告は保険事故が発生したときは被告に直ちに通知するという約款に違反することになる。
3 よって、本件保険事故については被告は免責されるものと推認される。
三 以上により、原告の請求は理由がないことに帰する。
(裁判官須山幸夫)